清水の記憶

深層を見抜く力

清水の記憶

 1月24日に行われた難波喬司氏の出版記念講演会では、静岡市長選への出馬は公表されなかったものの、出席者からの出馬要請や難波氏へのインタビューでも出馬に前向きの発言が出ていたことから、出馬の公算が大きいとの観測が流れていた。しかしながら、この場にスズキの鈴木修会長を招待したことが、結論を思わぬ方向に導くことになってしまった。

 鈴木修氏が講演会に出席するとの噂は従前から広まっていた。スズキの下請けであったり、スズキ車の販売店だったりと、静岡市内でもスズキと関係のある企業は 一定数あるが、静岡市長選挙を契機に自身の影響力を中部にまで拡大しようと目論んでいたのであろうか。「浜松ならともかく他都市の選挙なので分かりません」とインタビューに答えていたのが本心であるのなら、のこのこ静岡まで出向いてくる事はあるまい。小生の周りでも、そんな疑心暗鬼の声が駆け巡っていた。

 難波氏は経歴を見れば分かるように、大学を卒業して運輸省に入り、港湾関係を中心に運輸行政の先頭に立って活躍してきた、保守本流の人物である。今回の静岡市長選においても、できれば保守を地盤に出馬したかった筈である。しかしながら、市内に4つある自民党市部のうち、静岡、由比、蒲原の3市部は早々に田辺現静岡市長の推薦を決めてしまった。そして、残る清水支部も週明けには田辺を推薦するか否かの結論を出す手はずになっていた。

 清水の経済界は田辺支持と難波支持に分かれており、難波氏の出版記念講演会がどのような集まりになるかも、推薦を決める材料の一つであった。清水の経済会の基盤は保守支持である。だが、これまでの田辺市政に対する不満は強く、対抗馬を模索する動きが以前からあった。

 そこに難波擁立の話が持ち上がったのであるが、問題は後ろ盾が川勝知事である事だった。民主が地盤の知事が推す人物を表だって支持する訳には行かないのである。だから、講演会の場が出来る限り川勝色を排除した集まりになる事を、期待を込めて見守っていたのである。しかし、残念ながら川勝知事が用意した神輿の上に難波氏が乗るという構図が明らかになってしまった。

 それだけではない。川勝知事の後ろ盾である西部の経済人である鈴木修氏まで招待し、出席者代表として挨拶までさせたのが致命的であった。中部の経済人としてとても支持できる道理がない。講演会が開かれた1月24日は木曜日であり、自民党清水支部は週明けにも支持の結論を出す予定だったと前に書いたが、実際にはその2日後の26日土曜日に、早々と田辺推薦の結論を出してしまった。それ程までに、清水経済会の落胆と怒りは大きかったのである。

 難波氏としては、清水支部の推薦を取り付け、田辺市政に不満を持つ静岡地区の経済人も少なからずいる事から、それらの反田辺保守勢力を後ろ盾に出馬を目指していたものと推察するが、自民党清水支部が田辺支持とあっては万事休す、出馬断念の道しか残されていなかったのであろう。

 このような難波氏の思いが、知事には分からなかったのであろうか。もともと難波氏は出馬に慎重だったが、知事からの強い要請もあって出馬の可能性を探っていたと伝えられている。また、知事自身の後ろ盾は鈴木修氏かもしれないが、中部の人間にとって、少なくとも小生の周りにいる者で、出版記念講演会の出席者挨拶に鈴木修氏を選んだ事を肯定的に捉える経済人はおらず、難波氏の構想とも相いれないものであった。

 川勝知事は就任して10年目になるが、その辺りの静岡県独特の事情、心の「機微」が未だ理解できていないのであろうか。今まで良好だった清水と知事の関係にすきま風が吹くような事にならなければ良いのだが。先行きが心配である。

2019年(平成31年)2月3日

川勝知事と「静岡」

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 「静岡市役所に十数人いる局長の中で旧清水市役所の出身者は一人もいない」。 2年ほど前になるだろうか。川勝静岡県知事が記者会見の場で語った内容である。この発言で、川勝知事が批判する静岡市に清水が含まれないと分かった。

 旧静岡市の職員と旧清水市の職員に能力差がそれ程ある訳でもあるまいに、この様な恣意的な人事が行われていたとは、清水の人間として憤懣やるかたない。知事は、静岡市役所の指示命令系統が旧静岡市側によって牛耳られている事を、局長の出身を例に出し明らかにした。知事と市長との対立はそれより数年も前から続いていたが、旧静岡市から続く旧態依然とした「官僚的な体質」と戦っていたのである。

 清水港の港湾機能は、新興津埠頭など県による積極的な投資が続いている。また、運営会社が本年3月で撤退を明らかにした駿河湾フェリーについては、フェリーの存続を前提に難波副知事がまとめ役となり、県と6市町による支援体制を早々と構築し、4月以降の運行継続が確実なものとなった。

 そういえば、平成29年6月に行われた静岡県知事選挙では、川勝候補と溝口候補の一騎打ちであった。開票結果は静岡市のみ溝口候補の票が川勝候補のそれを上回ったが、内訳をみると、葵区が5万767対4万1736、駿河区が3万7562対3万3304で溝口候補の票が多かったのに対して、清水区は4万7840対4万512で川勝候補が多かった。港に関係する仕事に従事する割合が多い清水の住民は、県による清水への思いやりを肌で感じていたのであろうか。合併以来続く静岡優位の市行政に対する反発も、投票結果に影響したのかもしれない。

 民放による川勝知事への新春インタビューの中で、知事から清水駅前に3万人規模の競技場を建設する構想が飛び出した。2014年に知事は東静岡駅北口にサッカースタジアムを作るべきと発言しているが、 この新春インタビューで、「清水エスパルスなのだから、清水につくるべき」と軌道修正をした。民放のインタビューとは言え、映像を通して県民に報道されるのを承知の発言でもあり、何らかの裏付けがあっての事と期待したいものだ。

 ここで気になるのが、4月に行われる見込みの静岡市長選挙である。現時点で立候補を表明しているのは、現職の田辺静岡市長だけだが、駿河湾フェリーの運行継続を主導した難波副知事の著書の出版記念パーティが、今月下旬に開催される事になっており、その際に静岡市長選挙に出馬表明するのではないかとの観測が出ている。清水駅前の競技場構想は、難波副知事の出馬と何らかの関連があるのであろうか。

 川勝知事は、昨年11月に開かれた連合総会の席で、三保の松原の整備が不十分だと田辺市長を批判している。前回の県知事選以後は争いを封印した筈であったが、清水庁舎の移転建設や県庁傍への文化施設建設などハコモノ行政への批判を展開しており、静岡市政に対する攻撃が再燃している。

 昨年末、静岡市議会の自民党市議団は、今度の静岡市長選挙において田辺現市長を推薦する事を決めた。これを受けて、市内に4つある自民党支部のうち、蒲原支部と由比支部が田辺市長の推薦を決定した。残るは静岡支部と清水支部であるが、静岡支部は天野進吾県議会議員などが川勝支持派と見られているが、順当に行けば支部としては田辺支持となるだろう。

 問題は清水支部である。もとより清水経済界の田辺現市長に対する不満は強い。就任以来8年が経過して清水はどうなったか。90億円も掛けて市庁舎を清水駅前に持って来るというが、市役所の本庁部門を全て静岡庁舎に移管するのが前提の新清水庁舎であり、実質的な区役所化である。

 その辺も踏まえて、清水経済界では、経済局を清水庁舎に残す様、市長に注文を出した。自民党清水支部が田辺現市長を推薦する条件の一つと思われるが、本庁機能の静岡集約を目論む静岡市の組織中心が受けるか、先ずは見守りたい所である。

 川勝知事の腹心である難波副知事が静岡市長選挙に立候補したとして、勝利する目算はあるのだろうか。大きく、静岡対清水では人口が2対1である。これをベースに考えたい。

 清水の票は川勝派優位だろうから、具体的には静岡の有権者をどのくらい取り崩せるかという事が重要である。川勝知事が昨年11月に連合の総会に出席したと書いたが、これはも連合に対する支援要請の一環である。もとより知事は民主党系が支援地盤であり、連合の票は期待できるだろう。次は公明党の票である。2017年の静岡県知事選挙では、自主投票を決めた公明党であるが、川勝派の支持に回るか否か、これは何とも言い難い。結果、静岡における田辺批判票がどれ程出るかが、雌雄を決する鍵になりそうだ。

 清水に生まれ、この地で暮らし地元の声を聞いていると、田辺現市長に対する不満は強い。 清水庁舎をコンパクトにして区役所化するために、桜ヶ丘病院の移転先を津波浸水区域に決めるなど、何をかいわんやである。

 清水庁舎は現庁舎の改修で、桜ケ丘病院の移転先は桜が丘公園に、90億円から庁舎の改修費用を差し引いた残りでサッカー競技場を、これが清水の総意ではないだろうか。いずれにせよ、川勝知事派が選挙に立つか否か、今月中には結論が出る。楽しみである。

2019年(平成31年)1月14日

いつの時代も「積小為大」 その二

清水の記憶

 第二次世界大戦が終了した時点で、米国のGDPは世界の半分を占めていたのが、昨今では4分の1程度にまで減少してきている。かつてのような余裕はなくなり、世界中に兵力を展開する経済力が窮屈になってきている。

 移民問題でも、自らの生活レベルを落とす事なく不法移民を無制限に受け入れるだけの財政的余裕がなくなってきているのである。米国内にも移民制限に反対する国民が多くいるようであるが、自身が享受している現状の豊かさを犠牲にしてまで移民受け入れに賛成なのか、問うてみたいところである。

 さて、今年の株式市場であるが、小生は裁定取引専門なので、株価が上がっても下がっても、基本的に収益には影響しない。しかしながら、あまりに一方向にばかり動くと「サヤ」が出来難くなり、仕掛ける機会が少なくなってしまうので、適当に波打ちながら推移して貰えると有難いのだが。

 リーマンショック後の金融恐慌を防ぐために、各国は中央銀行を通じて市場に大量の資金がばら撒いたのだが、その回収もままならない内に景気のピークを迎えつつある世界経済は、これからどうなって行くのだろう。そして、市場から逃げ出した資金は何処に向かうのか。

 市場価値以上に上げた中国の不動産はとっくにバブル崩壊状態である。このところ、上海の夜の街が以前に比べて暗くなってきているという。高層建物に空き部屋が増えて、明かりが灯らなくなってきているそうだ。政府の指示で不動産売却が制限されている事から、価格だけは暴落を免れているようだが、不動産の受給バランスは何年も前に崩れている。

 原油価格は昨年10月に75ドルを超えていたものが、年末には45ドル台まで下がり、3ヶ月足らずで40%も急落した。米国によるイラン制裁に多くの国が協調し、イラン原油の禁輸制裁を実施する最中での原油急落は、何を暗示しているのであろうか。過去の経験則では、原油が大きく下げた後には世界的な景気後退が生じている。今の水準からさらに下げて20ドル台になるようだと世界経済に赤信号が灯る。

 一方向に向かう相場の方が、流れに乗る事が出来れば、裁定取引に比べて利益はケタ違いに大きく膨らむが、その分リスクも大きい。リーマンショックから10年、そろそろ次の崩壊が発生してもおかしくない時期に差し掛かってきた。

 エントロピー増大の法則。不確実性が増してきた時代は、これまで以上に慎重な対処が肝要である。多利を求めずコツコツと「積小為大」、小を積みて大と為す。どんな時代でも小生の基本原則は同じである。

2019年(平成31年)1月1日

いつの時代も「積小為大」 その一

清水の記憶

 昨年の日経平均株価は10月4日の24242.06円から大納会の19957.88円まで、3ヶ月足らずで20%近く急落し、 7年振りに下落で取引を終えた。 持ち株シェアはヘッジファンドなどの外国法人が30%、金融機関が29%、事業法人が23%、個人その他が18%となっている。

 この中で積極的に売買をしているのは外人投資家と日銀のETF買いであり、昨年一年間に外人投資家が5兆1876億円を 売り越しているのに対して、日銀のETF買いは、これを上回る6兆4493億円に達している。 大量の日銀によるETF買いにも拘わらず、年初から年末までで2751円(12.1%)もの下げだったことから、 国策とも言える日銀によるETF買いがなければ1万円台に下落していたであろう事は想像に難くない。

 株価水準を表す指標の一つであるPERは、昨年12月28日現在で11倍台前半まで低下したことから、 株価水準の割安間を強調し買いを進める株式評論家が増えている。しかしながら、これは本年度上半期までの収益水準が今期下半期や来年度まで継続することを前提としたものであり、昨今の混沌としつつある世界情勢から見ると、先行きを楽観視する事はとてもできない。

 株式投資をしていれば「エリオット波動」に接する機会も多いのではないだろうか。上昇5波、下降3波で構成されるエリオット波動であるが、現在が「波動のどの位置なのか」を見極める事がとても重要である。まさか上昇第2波と考えている投資家はいないだろうが、上昇第4波で更なる株価上昇があるのか、下降第1波で先行き最後の山が来るのか、それとも既に下降第3波の局面でこの先下げ続けるのか、判断に迷う所である。

 米中貿易戦争は言い換えればトランプ大統領と習近平国家主席の対立であり、次期大統領選挙でトランプが交代する事で、この貿易戦争は終結する。との見方があるが、これは大きな誤りであろう。

 米国内では、トランプが大統領に就任する以前から中国脅威論が高まっていた。第二次世界大戦後、一貫して世界の覇権を握ってきた米国の地位が、急速に国力を高めつつある中国によって脅かされるとの予測からである。

 中国製造2025とは、2025年までに中国の世界の製造強国入りを果たす事。
 中国2050とは、2050年までに中国を世界を主導する大国に引き上げる事。

 これらの野心的な国家方針を公言して憚らない習近平国家主席の言動が、米国の中国脅威論をより深刻なものに押し上げた。トランプ大統領よりも米国の上院下院の両議会の方が、中国に対しては強硬な姿勢を取っている。

 アメリカンファースト、自国第一主義を唱えてはいても、それは米国が世界で圧倒的なナンバーワンの地位を保っていられる事を前提としての主張であり、覇権を他の国に握られた状況下での孤立は衰退を招くだけである。その事は当の米国自身が良く分かっている。

 米中冷戦はこれから何十年も長く続いて行くであろう。その先鋒が米中経済戦争である。両国による輸入関税の発動に関しては、対米貿易で輸出超過の中国が不利である。中国国内の経済もピークを過ぎたと見られる。第一ラウンドは米国の勝利と言ったところか。

 米国がファーウェイ(華為技術)の通信機器を使用しないと決め、欧米各国を中心に協調する動きが急速に高まっている。「ファイブアイズ」とは、諜報活動に関する「UKUSA協定」を締結している米国、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン5ヶ国の総称であり、ファーウェイ製の通信機器について、各国の第5世代(5G)移動通信網から排除する方針を表明している。

 日本はファイブアイズ各国と協調関係にあるが、中国とは隣国である事情もあって、ファーウェイ製の通信機器を排除すると表明するには至っていない。しかしながら、「悪意ある機能」が組込まれた情報通信機器は調達しない事を申し合わせ、実質的に歩調を合わせている。

 ファーウェイ、中国語で華為技術、正に「中国の為の技術集団」である。自由主義に比べて中国のような全体主義を取る国家の方が、無駄がないだけに明確な目標に到達するスピードが早いのかもしれない。

2019年(平成31年)1月1日

年の瀬

清水の記憶

 今朝6時半過ぎ、ボ~ッ!という船の汽笛の音で目が覚めた。港を出て行く外国航路の船であろうか。さよなら、元気でな、またくるよ・・・、色々な人の様々な思いが込められているようで、汽笛の音を聞く度に、清水に生まれてきた幸せを改めて感じる。

 港町には夫々に特有の風情や匂いがあると言う。小生のような、長く地元に暮らす人間にとっては、日常の日々が普遍的な価値判断の基準なので、清水の個性、色合いがどんな物なのか知り様もない。先ほど出航した船の乗組員達は、清水をどの様に感じたのか。大した町ではないが、小さな思い出でも心に留めて貰えたとしたら、嬉しい限りだ。

 寒くて布団から出られないでいると、7時ちょうどに、今度は秋葉山の祭りを知らせる花火が上がった。師走の15、16日は秋葉山大祭の日だ。小学生の頃は、確か秋葉山の日は午前中で授業が終わりだった。家に帰って食事をして、午後は友達と連れ立って出掛け、旧国一から秋葉山まで1キロ近くある参道に並ぶ出店を見て回るのが楽しくてたまらなかった。カラフルな色に塗られたヒヨコ、すぐに破れてしまう金魚すくいの紙、ライフルの射的で狙った景品を見事撃ち落とした事・・、懐かしくて貴重な思い出が一杯だ。

 夜は家族でお参りに出掛け、父におもちゃを買って貰うのが楽しみだった。子供心に何を買おうか迷い、なかなか決まらずに両親を困らせたこともしばしばだった。そんな父も既に亡く、母は老人ホームのお世話になっている。

 秋葉山の本坊は峰本院(みねもといん)である。現在の西久保、袖師町、横砂の袖師学区三地区は、もともと庵原郡袖師町西久保、袖師町嶺、袖師町横砂であった。それが昭和36年6月に清水市に編入合併し、清水市西久保、清水市袖師町、清水市横砂になった。秋葉山は庵原郡袖師町西久保の地にあり、本坊の名は袖師町の字「嶺」を変じて「峰」とし、「峰+本院」で峰本院に定めたと聞いている。

 秋葉山の祭りが終わると急に慌ただしくなり、寒さも厳しさを増して本格的な冬の季節を迎える。残すところ2週間になってしまった。今年は目立った成果を残せなかったので、来年こそは実績が上げられるよう、年末年始の時間を利用して計画の立て直しをしなければいけない。とりあえずは年賀状を仕上げなければ。

2018年(平成30年)12月16日

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