年の瀬

清水の記憶

 今朝6時半過ぎ、ボ~ッ!という船の汽笛の音で目が覚めた。港を出て行く外国航路の船であろうか。さよなら、元気でな、またくるよ・・・、色々な人の様々な思いが込められているようで、汽笛の音を聞く度に、清水に生まれてきた幸せを改めて感じる。

 港町には夫々に特有の風情や匂いがあると言う。小生のような、長く地元に暮らす人間にとっては、日常の日々が普遍的な価値判断の基準なので、清水の個性、色合いがどんな物なのか知り様もない。先ほど出航した船の乗組員達は、清水をどの様に感じたのか。大した町ではないが、小さな思い出でも心に留めて貰えたとしたら、嬉しい限りだ。

 寒くて布団から出られないでいると、7時ちょうどに、今度は秋葉山の祭りを知らせる花火が上がった。師走の15、16日は秋葉山大祭の日だ。小学生の頃は、確か秋葉山の日は午前中で授業が終わりだった。家に帰って食事をして、午後は友達と連れ立って出掛け、旧国一から秋葉山まで1キロ近くある参道に並ぶ出店を見て回るのが楽しくてたまらなかった。カラフルな色に塗られたヒヨコ、すぐに破れてしまう金魚すくいの紙、ライフルの射的で狙った景品を見事撃ち落とした事・・、懐かしくて貴重な思い出が一杯だ。

 夜は家族でお参りに出掛け、父におもちゃを買って貰うのが楽しみだった。子供心に何を買おうか迷い、なかなか決まらずに両親を困らせたこともしばしばだった。そんな父も既に亡く、母は老人ホームのお世話になっている。

 秋葉山の本坊は峰本院(みねもといん)である。現在の西久保、袖師町、横砂の袖師学区三地区は、もともと庵原郡袖師町西久保、袖師町嶺、袖師町横砂であった。それが昭和36年6月に清水市に編入合併し、清水市西久保、清水市袖師町、清水市横砂になった。秋葉山は庵原郡袖師町西久保の地にあり、本坊の名は袖師町の字「嶺」を変じて「峰」とし、「峰+本院」で峰本院に定めたと聞いている。

 秋葉山の祭りが終わると急に慌ただしくなり、寒さも厳しさを増して本格的な冬の季節を迎える。残すところ2週間になってしまった。今年は目立った成果を残せなかったので、来年こそは実績が上げられるよう、年末年始の時間を利用して計画の立て直しをしなければいけない。とりあえずは年賀状を仕上げなければ。

2018年(平成30年)12月16日

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